絶対などない

~アンチジャニーズがKAT-TUN沼にはまって15年たちました&ときどき趣味のブログ~

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ここのカテゴリーはできるだけサクサクと行こうと思います。
楽しかったこともたくさんたくさんあったのですが、それを書いていると10年経ってしまいそう…と思ったらほんとに脱退の話ばかりになってしまって申し訳ないです…

決して記憶がもう曖昧だからじゃないです…ほ、ほんとです(;゜∀゜)



赤西くんが復帰してからのKAT-TUNは、世間的には正直言ってデビュー当時に期待されていたほどの勢いはなかったかもしれないけれど、反面彼らにも余裕が出てきたのか以前のような「着せられている感」は失せ、クオリティとしてはますます高まっていった。
ドラマ、舞台、ソロコンサート。メンバーそれぞれの活躍の機会も増えグループとしても東京ドーム連続公演記録をつくるなど順風満帆で、私としても大忙しながら本当に楽しい日々だった。

なのにまた数年後、不穏な空気が漂い始めた。
それまでも自由な雰囲気が持ち味な赤西くんだったけれど、留学後合流した時と比べグループ活動時の様子や態度が、無視できないほど変わってきていた。

いま思えば彼は彼で私にははかり知れない葛藤を抱いていたのだろうし、もしかすると彼なりの何らかのSOSであったのかもしれないし、そんな時でもパフォーマンスの時には手を抜く様子はなかった。
でもそんな様子を見てそれぞれのファンも気にしたり批判したり色々で、当時の私もやる気なさげにも見える態度にやきもきしたりイライラしたりして、正直グループ活動を見ているのがつらいようなときもあった。

そんな中2010年のツアーは、赤西くんがアメリカでのソロ公演を理由に不参加、5人だけで行われると発表された。

色々言いつつも前回の留学時と比べ数年の月日を赤西くんがいるKAT-TUNと過ごしてきた私もショックでないわけはなかったが、初日を迎えた新潟で聖くんが
「幕が開いたら、お客さん誰も来てくれてねぇんじゃないかと思ってた」
と冗談交じりにでも多分本気でつぶやいたのを聞けば 、5人の方を支えなければという気持ちが先に立って、そんな気持ちは奥底に押し込めた。

そしてツアー途中の7月16日、とうとう赤西くんの正式脱退が発表された。
その日は2010年ツアーの東京ドーム公演初日で 、私は胸がつぶれそうな思いで記者会見後の彼らに会いに東京ドームに向かった。

この公演でも彼らは完璧なパフォーマンスをしたけれど、やはり最後には声援を送るファンに対して感情があふれたのか、聖くんも田口くんも中丸くんも泣いていた。
亀梨くんも3人に比べたらはっきりとした涙を見せることはなかったけれど、前髪をかき寄せてうるんだ瞳を隠していた。
そんな中でも、上田くんは涙をみせなかったと思う。なんだったら薄く微笑みを浮かべて手を振ったり挨拶をしていたような記憶があって、私としてはそれが少し意外に感じて印象に残っている。 もちろん彼が何も思わなかったわけではなく、 きっと自分の感情を表現するよりも不安に揺れるファンを安心させたいという前向きな責任感のようなものだったのだろうと思う。

公演の最後、これまではメンバーだけがステージ上で手をつないでファンは声だけで
「We are KAT-TUN!」
とやっていたところで、亀梨くんが
「今日はさ、客席もみんな手をつないじゃわない?」
と突然思いついたように言い出し、急きょ客席でも隣になった知らない人同士みんなで手をつないで会場全体で
「We are KAT-TUN!」
と叫んだ。
泣き崩れている人ももちろんいたけど、とても心地よい一体感だった。
多分ここから、KAT-TUNコンでいまも続くこの習慣が始まったのだろうと思う。

こうしてKAT-TUNは5人となり、音楽的には単純に人数においてもそれ以外の面にしてもやはり厚みや迫力において劣るところがあったのかもしれないし表面的には以前のゴリゴリしたハードな感じよりもややポップで爽やかな曲調も多く手掛けるようになり、そんな変化は世間的にも色々言われたりしたしファンの中にも不満を感じる人もいたかもしれないけれど、6人時代の音源もろもろに触れることがなくなっていた私にとっては比較することもなかったせいか全く気にならなかった。

この時立ち位置が一番変化したのは聖くんだったように思う。
彼らは彼らなりに5人でのスタイルを模索している様子が感じ取れ、グループ内の雰囲気はむしろよくなった感じがしてコンサートMCもみんなのお父さんのようなツッコミ役の聖くんを中心とした素直に楽しめるものになり、
「もう絶対に悲しませない」
という彼らの言葉を私も信じ、ますますKAT-TUNを応援して行きたいという気持ちが高まった。
バラエティ番組にも多く挑戦するようになり、 カラーを少し変えつつ新たな活躍の場も広がっていった。
東日本大震災の影響で1年ツアーが飛んでしまったのは残念だったけれど、あまりにも大きな出来事を経て彼らもアイドルという自分たちの存在に対する意識をいっそう新たにしたように思え、このまま新たな形で進んで行けると思っていた。

それなのに数年後、またしても雲行きが怪しくなってきた。
聖くんの個人仕事が明らかに減りやがてなくなり、グループでのツアー予定も一瞬公式発表されたもののすぐに削除されたりして、水面下で何かが起こっていることを感じさせた。
並行して聖くんの素行面での「やんちゃ」という言葉では片づけられないようなあれこれがネットなどを中心に伝わってきていて、もしかしてこのせいで謹慎になっているのかな、と思っていた。
謹慎、つまり反省して改善すればいずれ解けるものだと。

けれど私の予想を大きく上回って2013年10月、ファンクラブからの突然のメールで聖くんがジャニーズ事務所契約解除及びKAT-TUNの脱退となったことを知らされた。
デビュー後のしかも稼ぎ頭といえるグループのメンバーが何か法に触れるような問題を起こしたわけでもないのに契約解除になるのは全く異例のことで、逆にそれだけ問題の大きさを感じさせた。

私はと言えば今回は本当にショックだった。
赤西くんに関しては明らかにやりたいことの方向性が違っているのだろうことが見てとれて、悲しいことではあったけど、それで本当にそれぞれが望みどおりの道に進めるならばいいではないかと自分を納得させた気持ちもあった 。
でもそんな出来事を経て5人となってからのKAT-TUNを暑苦しいくらいの愛情表現で結びつけてくれているのは聖くんだと思っていたし、彼がファンに対して日課のように口にする言葉も、甘くてアツくてこそばゆい思いもしながらその気持ちを、彼の示すKAT-TUNの未来を信じてもいた。
だからこうなって裏切られたような気持ちになったり、でも一方で何か理由があったはず、とかばう気持ちも生まれ、なかなか感情がまとまらなかった。

いまにして思えば、やっぱり彼のどの言葉にも嘘があったわけではなかったと思う。
ただ彼は愛したがり愛されたがりな人で、KAT-TUN以外の何事も結局どれも捨てることができなかったのではないだろうか。
私の勝手な思い込みだけど。

ともかくこんな異例の事態に、正直意外なほどマスコミは大きくこのことを取り上げた。
スポンサー契約もそうだし、KAT-TUNというグループの世間に与えるイメージにも大きく影響があったと思う。

偶然なのかそうでないのか、翌日はまたしても亀梨くんが主演ドラマの番宣のために一日番組ジャックをする日で、生出演の場で亀梨くんがまだ報道が出揃わないなか事情説明と謝罪を行うことになった。
言葉を選び、ときに涙をこらえるように話すその姿を見て、なぜ彼がと思うとやるせなくて、泣いてしまった。
数日後のシューイチでは中丸くんも謝罪とともに自分の言葉で力強いメッセージを送ってくれ、その場で年末の単独カウントダウンコンサートを行うことが4人からVTRで発表されもう彼らは前を向いているという気持ちの表明に、私を含め多くのファンが救われたと思う。
だから私もこうしてはいられないと5人時代の思い出は封印し、前を向いて4人の彼らについていこうと思った。

こうして、KAT-TUNは4人になった。